春川ちゃんがすっかり眠ってしまったので、その肩にこたつ布団をしっかりかけてあげると、ちょっとだけしんみりした。
 夏葵はまたテレビのほうに向きなおったし、秋乃は相変わらず澄ました顔でお酒を飲んでいる。私は「恋って難しいね」と呟きそうになったけれど、ろれつが回らなくて、桃のジュースを飲むことにした。だいぶお酒がまわったらしい頭は、とろりとしてきている。いけないいけない、今日は徹夜でおしゃべり会。と思いながら、すでに脱落してしまった春川ちゃんの可愛らしい寝顔を見ていると、私も眠ってしまいたくなった。
 恋って難しい、――私は頭の中で考える――想いつづけていたら報われるような気がするのに、春川ちゃんみたいにあいまいな方向へ流れてしまうのは本当にひどい――けれど、本当にひどいのだろうか、この安らかな寝顔を見ていると、それもよくわからない。――やっぱり、恋って難しい。
「――冬美はまた、『難しい』って結論になってんでしょ?」
 と思っていた矢先、夏葵がこちらを振り返って私にそう告げていた。
「え、なになに」
「だって、冬美と何かおしゃべりすると、いつも最後は『難しい』だもん。難しくないよ、恋なんてね、かんたんかんたん」
 夏葵は陽気に手を振った。私は図星だったからなんとも言えなくなって、とりあえず首を振った。秋乃は私たち二人の会話をじっと見守っている。
「恋なんてね、愛があればね、いいんす」
 夏葵はけらけらと笑い出した。笑い上戸が出てきたようだ。言葉づかいも変になって、陽気になりだした。私は少しだけむっとして、
「かんたんっていうけど、夏葵は片想いばっかりじゃん」
 と言った。
「片想いだって立派な恋じゃん」
 夏葵はへらへらしている。
「でも夏葵は、叶える気がないじゃん。片想い相手が一人じゃないし、両想いになりそうになったら冷めるし、そんなの恋かどうかわかんないし」
 私は次第にいらいらしてきた。私の方も下戸が出てきたらしい。止まらなくなってまくしたてる。「春川ちゃんみたいに一途じゃないし。この前話していた人とは違う人がしょっちゅう出てくるし。好きだって言ってたすぐあとに違う人のこと話してるし。えっとあとはあとは」――後からゆっくり考えたら、喧嘩になっていたに違いない発言を私は平気で言いのけた。言うことが続かなくなって黙ってから、多少残っていた理性が警鐘を鳴らす。
 けれども夏葵の方も、後から考えていたら私と取っ組み合いをしなければいけなかったかも知れないけれど、この時はさして気にした様子もなく、
「あ、そういえばこの間ね」
 と言って笑った。
「クリスマスに『好きな人』に告白したらオッケイ出て、付き合うことになった」
 夏葵はにこにこしている。世界はその瞬間、音が消えて、光が失われた。息が不意に詰まった。
「――何それ!」
 私は息を一生懸命吸い込もうとぱくぱく口を開けていたけれど、呼吸ができるようになると第一声でそう叫んだ。
「おめでとー」
 秋乃は言った。夏葵が「ありがとー」と返す。私はまだ回らない頭で、もう一度、「何それ」と言った。
「だから、付き合うことになったんだって」
 夏葵が笑ったまま答える。
「だれと?」
「なにがしくん」
「じゃあ、それがしくんとか、だれかれくんとか、そういう人はもういいの?」
「もういいの」
 夏葵はきっぱり言った。
「何それ」
 私はそればかり繰り返す。「だってそれがしくんとお出かけしたって。だれかれくんに誕生日プレゼント渡したって。言ってたじゃん。いいの?」
「好きだったからって、付き合うとは限らないじゃん。完全な片想いもあるし、付き合うとかどうとかそういう『好き』じゃない場合もあるじゃん」
 夏葵は空っぽの缶を指でつついた。
「――なにがしくんは、そういう『好き』なの?」
「さあ」
 夏葵はいじけたように缶をかんかんと叩いた。
「そんなんでいいの?」
「ってもさあ、冬美」
 なおも質問を続ける私を遮って、夏葵は真剣な顔で言った。
「あたしも考えることはいろいろあるけど、身を落ち着けたいと思うようになったの。片想い至上主義はやめたの。付き合ってみて、何か学べることもあるかなって思ったの」
 腑に落ちそうで、腑に落ちない。
「好きだよ、なにがしくんのこと。それが何か不満?」
 不満じゃないけど。
 今度はいじけたように頬を膨らませたのは私で、夏葵はそれを見てふふっと笑って、
「人を好きになったことのない冬美にはちょっと『難しい』かもしれないけどね」
 と言った。
「かんたんじゃない? 恋なんて」


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