春夏秋冬御色気話
みよし

 昼間に安さの殿堂でチューハイとおつまみを大量に買ってきて、夕食は鍋で、そのあとは四人でこたつに入っておしゃべりをすることになっていた。紅白が始まった頃合いにお酒のプルタブを開けて乾杯をした。全員がアダルトになった私たちは、やれ税金がどうの、就職がどうの、大学はいかほどかとあれやこれや論争していたけれど、お酒でちょうどよくほろ酔いになったころに、色気話は始まった。
「そういえば春川ちゃんさ、彼氏いるの?」
 私の突然の問いに春川ちゃんは顔を真っ赤にしてお酒を傾けた。目が泳いでいる。ふわふわの茶髪ロングが愛らしい、お人形みたいな女の子だ。
「あ、それ気になってた! 教えて教えてーっ」
 演歌に見入っていたように見えた夏葵が割って入る。すでに出来上がっているかのように赤い頬をした彼女は、ポニーテールが似合う元気な女の子だ。
「近所迷惑」
 乗り出した夏葵を右手ですっと制するのは秋乃だ。こちらは隙のない黒髪美人。夏葵とは正反対の静かな人なのだけれど、それが功を奏して、二人は歯に衣着せぬ良い間柄だ。
「えっと」
 春川ちゃんはためらって、私たちの顔色を窺った。と言っても、みな頬は赤いに違いない。お酒は十分に回っている。修学旅行の恋愛話はつきものだ。今日は修学旅行ではなくて、海外旅行に行ってしまった両親の留守の間に私が三人を自宅に呼んで、年末年始パーティを催しているだけなのだけれど。
「いるの?」
 私が重ねて聞くと、彼女は仕方ないと言ったようにこくんと頷きかけて――それから慌てて首を振った。わけがわからない。
「わからないの」
 春川ちゃんはさらに顔を赤らめて、それはもう赤よりさらに赤いと言った感じだったけど、「あ、えっとあの、付き合ってるのかどうかわからないけど、好きな人……仲良くしている人がいて」と重ねた。
「へえ、聞いたことなかった。片想いってこと?」
 夏葵が言う。夏葵は年がら年中片想いをしているような子だ。私たち四人は大学で知り合った仲の良い友達同士だ。夏葵の片思い話は、夏葵が明け透けな性格をしているのもあってよく話題に上ったけれど、春川ちゃんはいつもふんわりと笑っていて、恋愛経験について謎多き子だった。私が口火を切ったので、他の二人も興味をそそられたようだ。夏葵ほどではないけれど、秋乃もじいっと春川ちゃんを見つめている。
「片想い……うん、片想い……だったかな」
 煮え切らない返事に、私たちはこぞって首をかしげる。怪訝な顔を窺う春川ちゃんはやはりかよわい女の子という感じがして、あまり問い詰めるのもかわいそうになってくるような気がするのだけれど、酒の勢いと言うのは恐ろしく、私はにこりと笑って、「じゃあ両想いなの?」と尋ねた。
 春川ちゃんはもじもじと膝をこすり合わせた後、恥ずかしそうに上目づかいで私たちの顔色をうかがう。かわいいなあもう、と三人が以心伝心したところで、彼女は意を決したのか、話を始めた。
「あのね、えっとね、片想いだったの。小学校のころから好きだった人で、幼馴染で、ご近所さんで、毎日一緒に学校に行ってたの」
 春川ちゃんは首まで赤くなって、それなのに、チューハイを一口大きく飲んだ。
「中学校になって疎遠になってしまって、だけど好きなまま三年間過ごしたの。高校生になってから告白して、でも振られちゃったの。だけど他に好きな人もできなかったから、好きなままでもいいかなあ、って思いながら、また三年間過ごしたの」
 一途だなあ、まねできない。と夏葵が呟いたけれど、私の方は、どこにでもありそうな話だなあ、とぼんやり思った。秋乃は顔色一つ変えずに、赤いままじっと春川ちゃんを凝視している。
「大学に入って、私がこっちに来たから、もう会うこともないなって思ったし、連絡も高校の時点であんまり取らなかったから、彼のことはだんだん気にならなくなってきて。でね、えっと、忘れてたから、片想いじゃなくなってたの」
 春川ちゃんはふふっと笑って、さらにチューハイを傾けた。缶が空になったらしい。私は新しいチューハイを彼女に勧めてやった。
 春川ちゃんは缶を開けて、さらにあおった。
「でもね最近ちょっとこじれてきて」
 ありふれた恋の話はどこへ行くんだろう。春川ちゃんの酒のペースと共に、なんだか嫌な予感がしてきた。
「彼が相談事があるから聞いてほしい、っていうから、夏の帰省のときに一緒に夕食を食べに行ったの。でね、それで聞いてみたらただの愚痴だったんだけど、好きだった女の子にふられちゃったんだって。えっとーそれでー、中略するけどー、その夜なんか変な空気になってー」
 春川ちゃんは笑っている。お酒のせいなのか語尾が伸びてきた。私たちの方は酔いも冷めたような気持ちになって来て、固唾を飲むばかりだった。
「『ハルちゃんかわいくなった、昔よりずっと』とか言われて――」
 ごくり。
「『俺と付き合わない? まだ好きなら』って言われて、ハグされちゃった」
 えー?
 最初に声を上げたのは夏葵か私かわからないけれど、「それでそれで」「春川ちゃんはなんて」と二人で詰め寄ると、春川ちゃんはくすくす笑った。私と夏葵がさらに興奮して詰め寄るのを面白そうに眺めている春川ちゃんは、いつものか弱いお人形さんの雰囲気ではなかった。春川ちゃんは一通り楽しそうに笑い終えると言った。
「でもそれって、上から目線だしー、もう好きじゃないしー、振られたからって代用品にされてもやじゃない?」
 『代用品』――そんな言葉が可愛い女の子の口から投げ出されるなんて。私たちはあまりにもショックでつい黙った。春川ちゃんは笑うのをやめて、真顔になった。真顔になると、ふと大人らしい顔立ちになる。綿飴とべっ甲飴くらい違う顔立ちになる。
「だから、『バカ』って言って――」
 しかしその顔が急に悲しそうになる。
「抱きしめ返しちゃった」
 バカなのは私だよね。と彼女は照れたように言った。片思いの成就に一瞬喜びかけた私たちは、春川ちゃんの言葉になるほどとうなずきかけておいて、それなのにこの結末を聞くと、途端に、喜んでいいのか、えんがちょを勧めるべきなのか、わからなくなってしまった。
「それでその人とは?」
 黙り込む私たちと反対に、今まで黙っていた秋乃が短く尋ねた。春川ちゃんが応答する。
「なんもないよ。今まで通り」
「どうするの?」
 秋乃が追随する。
「どうもしないよ」
 春川ちゃんは笑った。「好きだったけど――あんなのでまた好きになれるなんてちょっと違う気がするの。彼は私の気持ちを知ってて時々甘えてくるけど、彼は私のこと大事じゃないから、あんなこと言えるんだと思う」
 春川ちゃんはお酒を飲むと、もはや紫色にも見えるような顔でにこにこした。私と夏葵は顔を見合わせると、すっかりぬるくなったお酒をぶつけ合って一口あおると、「そうだそうだ、ダメ男だ」「捨てちゃえ捨てちゃえ」と言って空元気に叫んだ。
「あはは」
 春川ちゃんは口だけで笑うと、
「でも――本当はまだ、あんな人でも、ちょっぴり好きなのかも」
 だから縁きれなくて、今でも連絡取るの。最近は彼の方が私の方に興味があるみたいでよく連絡が来るし、だから、片想いなのか両想いなのか、付き合ってるのかなんなのか、わかんなくなっちゃった。
 そう独白して、その瞬間、電池が切れたように目を瞑った。


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