『いついじめ側に回るともわからない、そんなわたしが語る正義なんて、カッコつきの正義としか言えないのだ』 朝から雨が降っていた。 翌朝の登校は憂鬱だった。ひどく惨めな気分だった。晴れの日は自転車で通う3キロ近い道のりを、雨の中歩いて行かなければならないのもその原因の一つではあったけれど、それよりずっと大きな原因は他にあった。 ――×××さん、Mと仲良いよね。 昨日、よりによって、Aくんは、そう言った。 (仲良い、とか) 「ありえないでしょー……」 思ったより大きな溜め息が出たけれど、周りを歩く人はひとりとしていないからどうでもよかった。田んぼの多いこのあたりでは、雨の音だけが響く。 Aくんのその言葉にどんな意図があったのかはわからない。しかしわたしは咄嗟に「まさか!」と叫んでいた。そんなんじゃない、と。 Aくんはほんの少し不思議そうな顔をして、それから「そう?」と呟いた。 小学校一緒だっただけで、別に仲良いわけじゃないよ。 ネタになるから付き合ってるだけだよ、なんていうか、スパイ、みたいな? 笑いながらも、内心必死になってそう弁解すると、彼も薄く笑みを浮かべた。 ――ふーん、そうなんだ。 それは残酷な笑みだった。わたしは二の句が継げなくなって、Aくんはそのまま友達と帰ってしまった。 (呆れられた) 絶対、呆れられた。変なやつだと思われた。 Mと仲良い、だなんて。それはわたしがMとひとまとめにして見られているってことじゃない? 同類だと思われているってことじゃないの? ひとりじゃ何にもできなくてわたしについて歩くくらいしか能がなくて思いっきりズレてて浮いてて自分がいじめられてることにも気づかないくらい鈍感で非常識で迷惑で頭の中お花畑で一番近くにいるわたしのことすら何ひとつわかっちゃいないあのMと? 同類? わたしが? 「ああああああああああ」 Mのせいだ。 定期テスト前なのにひとりひとりの作文を添削して返すなんて先生も暇だな、と思ったが、感想以外に赤ペンが入っているのはクラスで数人らしかった。わたしは少数派のほうらしかった。この前の作文が返ってきた。 「みなさんよく書けていました。今返した中で、タイトルの上に星印をつけたものは、特に優れているのでコンクールに出したいと思います。テストが終わった後でいいですから清書して出してください。それから、星印がなかった人の中でも、挑戦してみたいと思う人は――」 わたしの作文には「まとめをもっと前向きに」という言葉と共にその例が書かれていて、つまり先生が赤ペンで入れた例のとおり書き直せってことなんだろうなと思った。 (適当に書いたわりには上出来だと思ったのに) たとえ悪事とされることでも、そうせざるを得ない状況になることもあるのだから、正義なんて語るだけ無駄だ――みたいなまとめでは、やっぱり「中学生らしくない」とか、そういうことなんだろう。なんとなく釈然としないまま、休み時間になって、先生に新しい原稿用紙をもらいにいって戻ってきたとき、待ち構えていたかのように話しかけてきたのはMだった。顔を上げると、目が合って、逸らす。 「さっきの、×××のは選ばれたんでしょ? どんなの書いたの? 読みたーい」 子どもみたいに伸びた語尾。イライラする。 「嫌だよ。あんたのも読みたいって言われたら読ませてくれるわけ」 「じゃあ交換して読も」 読んでいいなんて言ってないんだけど。そう返す前にMは自分の席に戻って自分の作文を持ってきた。話聞けよ。……まあいいか、どうせひどい作文書いてるんだろう、友達との会話のネタにしてやろう、こいつだってわたしのを読んだら自分がいじめられていることくらいには気づくかも知れないし、もしかしたらもっと気づいて離れていってくれるかも知れない。とっくにわたしがいじめ側の人間だってこと、とか。 そう思って、凶器を突きつけるみたいに、自分の作文を渡した。 嬉しそうに受け取るMはものすごく馬鹿に見えた。 「…………うわー」 Mの作文の中身は想像以上に幼稚で、夢見がちだった。みんなが思いやりの気持ちを持てば戦争はなくなって世界は平和になります! とか。だからなんだ。そんな単純な問題か。小学生でも書くかどうか。呆れた。先生も反応に困ったのか、ひどく素っ気ない感想が一言添えてあって、失笑してしまった。笑ってしまったあとで、これじゃあまるでわたしがMと談笑しているみたいじゃないかと思い直して、溜め息をつく。Mのほうは、わたしの作文に目を通し終えると、どういうわけか笑顔でそれを返してきた。 「やっぱり×××すごいねー! 大人っぽーい」 その一言が、苛立ちを通り越して、頭にきた。 堪忍袋の緒が切れるっていうのは、こういうときのことを指したんだな、と今は思う。 「あんたがガキなんだよ」 Mがまだ笑顔で「えー?」と呟く。 「なんでわからないの? なんで気づかないの? 誰の話だと思ってるの?」 「えっ、なにが……」 Aくんの顔が頭をよぎる。こいつと仲がいい? 同類? そんな風に思われたくない。 「いい加減にしてよ、もう付き合いきれないわ。非常識がうつるからもう話しかけないで」 Mが消え入りそうな声で「ごめんなさい」と呟くのも、「うるさい」と切り捨てた。 もう正義の味方じゃないんだよ。 「なんでそこにいるの。邪魔なんだけど」 あんたが悪いんだ。あんたのほうが悪なんだよ。 |