『例えば、学級でクラス全員がある一人の生徒をいじめていたとして、果たしてわたしはその子の味方ができるだろうか。その子の味方をしたら、自分もいじめられることになりはしないか。そんな不安から、いじめる側になってしまうようなことがあるかもしれないと、わたしは思う』

(まるで言い訳みたいだな)
 他人事みたいに思った。
 考えているうちに、自分の書いていることにだんだん苛立ってきて、最後のほうは適当に書いて教卓へ持って行った。最初は丁寧にやるのに、途中から飽きて雑になるのはわたしの悪い癖だった。でも5枚も書けば先生も満足するだろうし、もういいや。この授業の余った時間は読書か勉強に使うように言われていたけれど、眠い、寝よう。そんなことを思いながら自分の席に戻る途中で、Mと目が合って、すぐ逸らした。
(無邪気な顔して、ばかみたい)
「もう書けたんだ、さすがだね!」とでも言い出しそうな顔に、わたしは不快感を覚えずにはいられなかった。――いい加減、気づけばいいのに。
 中2になって、クラスが替わった今も、わたしはMと同じクラスだった。そのことは初めのうちは構わなかったのだけれど、新しいクラスの女子たちは見事なまでにグループを作り上げるのが早くて、Mに「付きまとわれて」いたわたしはすっかりその流れに乗り遅れてしまった。わたしから話しかければ、どの子も答えてくれるのだけれど、必要がなければ話しかけられない。「あの子にはMちゃんがいるし」。いつの間にかそんな立ち位置に落ち着いてしまったらしかった。
 わたしは焦った。わたしまでクラスに馴染めなくなった。
 Mのせいだと思った。
 Mなんかの「正義の味方」なんてやっているから、こんなことになったのだ。
 Mのせいだ。
 わたしは「正義の味方」をやめた。Mが一人で困っていても気づかないふりをして、他の女子のグループに無理やり混ざり、笑いながら「助けて助けて」と囁く。
「M、わたしにばかり頼りすぎだと思わない? うんざりだからたまには離れたいの」
 女子というものは大概「だよねー」「わかるー」と相槌を打って共感(したふりを)してくれるものだから、わたしはそこにつけこんで、Mを嘲っては、笑いものにした。
「わたし一回Mの家にいったことあるんだけどね、お母さんがちょっとアレな人なの、家の中でガンガン煙草吸っててー、家、あ、アパートなんだけど、もう部屋全体煙草くさいんだよね。それになんかすごく子どもっぽくて。精神年齢低いっていうか? こりゃあ娘のMがあんなになるのも無理ないわーって小学生ながら思っちゃった」
「うわー。それでMってなんか煙草くさいんだ」
「やっぱなんか嫌な臭いするよね。それウチも思ってたー」
「ていうかちょっと近づくと口臭もひどくない?」
「それ言っちゃうー?」
 わたしが起爆剤になって、クラスメイトのMに対する風当たりは突然、そしてどんどん、強くなった。ちょっと嫌みを言うとか、無視とか、そのくらいで、小さなものだったけれど、それはたしかに「いじめ」だった。
Mはいじめられるようになった。
 ところがMはわたしから離れていったり、落ち込んだりすることもまるでなく、以前と同じようにわたしについてくるのだった。これっぽっちもいじめられてなんかいないように。まるでわたしを慕うかのように。まるでわたししか見えていないかのように。
一度だけ訊ねたことがある。どうしてわたしなんかと一緒にいたがるんだ、あんたは、と。
「うーん、ちょっと憧れてる、から、かな?」
 かっこいいし、とか、優しいし、とか、身に覚えのない長所を挙げられて、思わず「誰の話だよ」と呟くと、
「×××に決まってるでしょ」
 と、わたしの名前を言って微笑む。
 気持ち悪かった。彼女にはわたしのことすら見えていないのだと思った。

 ほんの少し男女の対立がある中学校という社会では、何かトラブルがあるたびに「1組の男子が〜」とか、「あの女子たちが〜」とか、ひとくくりにして罵り合うのはよくあることだ。男子は男子と、女子は女子と仲良くするのが当たり前で、男女間の交流は多くない。わたしの学校も例に漏れずそんな感じだったけれど、小学校で男女関係なく仲良くしていたおかげか、わたしは同世代の女子に比べて男子と話すことに抵抗はなかった。
 その日はテストの数日前だったから、部活動は基本的に休みで、放課後に残ってテスト勉強をしている人がちらほらといた。クラスで一番の人気者だった男子――Aくんと書くことにしよう――もそのひとりで、恋とまではいかずとも彼を好ましく思っていたわたしは、ちょっとでもいいから何か話せないかなあ、とか思いながら勉強していた。その機会は運よく、Aくんがわたしの前の席で勉強していた友達に「そろそろ帰ろうぜ」と言いに来たときに訪れたのだけれど――言われた言葉は、一番言われたくない言葉だった。
「×××さん、Mと仲良いよね」
 Aくんは笑ってそう言った。


前のページ ← 2/4 page → 次のページ




inserted by FC2 system