カッコつき正義
いさご

『わたしたちの身近にも「戦争」は存在する。その戦争はごく小さな規模のもので、とても静かで、どこにでも存在し得る。だから誰もが巻き込まれる可能性にある。決して無視してよいものではない。しかしこの戦争はときに無視され、あるいは誰にも気づかれないまま被害者を出す。きっとそれは、この戦争の名前が「いじめ」だからだ――』

 ここまで書いて、気持ち悪、と思った。
(ま、いいや)
 国語の時間だった。わたしたちは「戦争について思うこと」というテーマで作文を書かされていて、他のクラスメイトも同様、各々がそれぞれの「戦争」やら「正義」やらを原稿用紙に叩きつける。真剣になって書いている生徒なんてきっと数えるほどで、大多数は「最低3枚」というノルマをクリアするためだけに、適当な文字列を「それっぽく」見えるように並べ立てているのだろう。わたしはその中間だった。作文なんかを真面目に書くのは「カッコ悪い」し、かといって教師の目にまったく留まらないようなヘタクソな作文を書くのも気に食わない。その頃のわたしは「頭のいいヤツ」になりたかったから、同級生たちに「ガリ勉」なんてあだ名を頂戴しないよう配慮しながら、教師には優等生と思われるような細工を惜しまなかった。あくまでクールに、適当に、やることはやる。だからこの作文も、教師に好まれそうなことばかり選んで書く。
(わたしもいじめに加担したことがある)
 壮大なテーマは噛み砕いて身近な出来事に結びつけ、実体験を織り交ぜるのは常套手段。しかしわざわざ自分に不都合なことを書く必要もないので、程よくフィクション混じりのノンフィクションにして原稿用紙を埋めていく。『わたしも小さないじめの現場に遭遇したことがある』、とかね。
(いじめは悪だと言いきれるのだろうか)
(戦争は正義と正義との戦いだと聞いたことがある。なら、いじめは?)
(わたし自身、気がつかないうちにいじめ側に回ってしまわないとも限らない)
 それっぽいことを、それっぽく、書きながら、わたしは二席後ろに座っている"彼女"のことを考えていた。

 彼女の名前は仮にMとしておこう。彼女のプライバシーのため、という綺麗事じみた言い訳をしたいところだけれど、実際は保身のためだ、言うまでもないだろう。
 わたしとMは同じ小学校の出身だった。そこは田舎も田舎、山の中の、各学年10人にも満たないくらいの小規模校で、わたしたちの代が卒業して数年後には廃校になってしまったようだ。わたしたちの学年は男女半々で8人も(!)いたのだけれど、たったの8人が6年間ずっと一緒なわけだから、みんな仲良しにならざるを得なかった。
 農家の息子・娘が大半を占めるその小学校で――ですら、と言うべきかも知れない――町娘のMはかなり、浮いていた。農家の親たちは「あの小さな学校でうちの子が除け者にされちゃあたまらない」と、毎晩風呂に入らせて、どうせ泥まみれになるのに綺麗に洗われた地味なTシャツを子供たちに着せ、まあまあ小奇麗な格好で送りだす。一方Mはいつも今流行りの服を着ていて、それはわたしたちの羨望の的でもあったのだけれど、悩ましいことのひとつでもあった。何しろその服からは一日二日風呂に入っていないような、ちょっと嫌なにおいがするのだ。体操着の彼女からはタバコみたいなにおいがしたし、白いはずの半袖はあまり白くなかった。さらに困ったことには、同学年の男子が「おまえ、なんかくさくねー?」などと、デリカシーの微塵もない発言を投げかけても、Mは傷ついた風もなく、「そんなことないよ」と笑って返すのだ。
 よく言えばピュアな子だったのかも知れない。休み時間にMの描く絵は世の中の悪という悪をまったく知らなそうにファンシーでファンタジーだったし、わたしたちがこぞって笑いながら先生たちの悪口を言っていても、Mだけはその話題に入らずただ真顔で聞いていた。
 悪く言えば、ズレていた。
 中学校に上がると、同い年の生徒は一気に増えて、5クラスになった。8人がいきなり20倍以上になったものだから、わたしたちはかなり困惑したものだけれど、それでもM以外の7人は、わたしも含めて、それなりにクラスに溶け込んでうまくやっていた。たまたまわたしと同じクラスになったMはというと、なかなか新しい友達を作れず、いわゆる「キンギョのフン」になってわたしの後をついて歩くようになった。体育でペアを組むとなるとわたしは不本意ながら毎回Mの相手になってしまうわけで、正直うんざりしていたけれど、M自身別に「悪い子ではない」し、まあいいや、と思うことにしていた。Mに対してあまりいい印象を持っていないらしいクラスメイトたちの中で、わたしは彼らとMとの間の上手い仲介役をやっているつもりだった。わたしは、ひとりぼっちでカワイソウなMにとっての、「正義の味方」、みたいな。そうやっていい人ぶっていた。
 ところが中2になって、わたしは正義の味方をするメリットなんてひとつもないことに気づくのだ。


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