姉の恋人である扶桑さんと話をしていて、確信したことがある。遅すぎだといわれれば、反論は出来ない。といっても、いつ分かったところでどうにかなったとは到底思えない。恋人に妹を女性として紹介するような姉ではあるが、それでも扶桑さんと愛し合っていたのだ。扶桑さんのことを語るときの姉の顔が物語っている。扶桑さんが帰ったときの姉の顔が物語っている。
 ああ、それでも、認めなければならない。
 私は、山城幸を愛している。
 他の何でもなく、異性として、実の姉を、今は亡き同姓を愛している。
 姉は私のことを普通だと評価していたが、とんでもない。姉よりも私のほうが扶桑さんに似合っているといっていたが、見当違いも甚だしい。確かに、扶桑さんと話していると楽しい。他の誰と話しているときよりも心が落ち着くし、もっと長い間話していたいとも思う。しかしそれは、扶桑さんが姉をよく知っているから。奇人である山城幸を理解し、その上で愛している者同士、話が合うところがあるというだけなのだ。
 以前、姉が扶桑さんと付き合うことになったと知ったときは、彼を恨みもした。当然だ。姉を独占しようとする上に、姉が私に振り向くことはないということを明確に示したその他人が、その異性の存在がなんとも腹立たしかった。当時はまだ私自身では気づいてはいなかったが、私が求めていたその立場に、そこにいることができるのが当然であるかのようにへらへらと笑いながら姉と手を繋ぐ姿が妬ましかったというのもあるかもしれない。穏やかな空気の中で、姉と談笑を交えながらただ本を読んで過ごす姿を見たくなかった。当時は何の根拠も無く、どうせこいつは姉の事を理解していない、ただ近寄って身体を貪ろうとしているだけなのだと失礼極まりないことさえ考えた。
 そこで、姉と扶桑さんが付き合ってから数ヶ月が立った日。扶桑さんが家に遊びに来て、その帰りを狙って捕まえてみた。あわよくば化けの皮をむいてやろうとも思って話しかけたが、相手の話を悪い方向にのみ解釈して姉に伝えて嫌わせてやろうというのが第一だったことは否定できない。
 ところが実際に話してみると、困ったことに話が合う。しかも、姉に関してのみ。
 それはつまりこの男、扶桑さんは私と同程度に姉を理解し、私と同程度に姉を愛しているということでもあった。
 元々根拠の無かった嫌う理由を完全に失ってしまい、あろうことか、私は彼と友達になってしまう。その頃から、扶桑さんの姿を見るたびに、特に用も無く話しかけてしまうようになる。まあ、話すことは姉についてのことだ。今日は姉がどんな妙なことを言っていたかということ、普段の姉もやはり所々変わっているということ。……今になって思えば、傍から見たら陰口をいっているようにも見えたのだろうか。
 どちらかと言えば姉よりも私のほうが扶桑さんに合っている、と言われたのは、それから暫く経ってから。正直、扶桑さんのことは嫌いではなかったため満更でもなかった。ただ異性として彼のことが好きかと問われると何か違うような気もしたが、扶桑さんと姉が仲良く過ごしている姿に憤りを覚えていたころを想うと、もしかしたら姉に対する嫉妬だったのではないか、などと自分に対して見当違いな考察をしてしまったこともあった。
 そのせいで何となく扶桑さんと距離を置いて、暫くの後に姉が死亡して、参列していた扶桑さんに話しかけ、現在に到る。可愛らしい電子音と共に、私の携帯電話に登録されたアドレスが踊る。
「何かあったら、連絡してね」
 その言葉は、とても嬉しいものだった。彼と話す機会が増える。より正確に言えば、扶桑幸に関する会話をできる機会が増える。両親に姉の話を持ちかけても暗い顔をしてしまうし、場合によっては制止されたり、何故か慰められることさえあった。
 ただ、彼は違う。姉を理解し、恋愛対象として愛し、愛し続けている彼は違う。話しかければ姉の事を笑顔で話してくれるし、親とは違って家の外での姉についても知っている。恋人としての姉の姿を教えてくれる。
 好きな人について話したい、というのは普通だ。しかたのないことだ。
 だから私もまた、彼と同様に姉について話す。彼が見ていないところでの山城幸の姿を話す。
 彼と私の『山城幸』の知識が、山城幸の全てを作り出す。
 それを元に、私は山城幸を頭の中で作り出す。
 姉としての山城幸。自宅で食事をするときの、風呂に入る前の、風呂上りの、寝ているときの、妹と買い物をするときの山城幸。恋人としての山城幸。恋人と話しているときの、一緒に本を読んでいるときの、恋人とデートするときの、山城幸。
 愛しい人がいない世界で生きるのは、私としても彼としても、さぞ辛いだろう、と思ったが、案外そうでもない。
 山城幸は、ここにいる。
 私と彼の知識が、彼女を作り、生きていない彼女を活かし続ける。
 やけになった彼が死んでしまっても、私が死んでしまってもそれは成し得ない。

<了>

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