ホワイトクリスマス・イブ
みよし

 遠い君。
 クリスマスなのに、会えないね。

 サンタさんなんていないんだ。
 私は思った。友人と4人で、大きな抹茶パフェを頬張りながらはしゃいで、ウインドウショッピングをして、プリクラを撮った。何年ぶり? なんて笑って、さあ撮るぞって意気込んだのに、リズムのいい音楽に誰もついていけなくて、めちゃくちゃな表情のプリクラができた。けれど、一列手元に残ったそれを見るにつけても、なんだか寂しさは増すばかりだ。
 君がいたらいいのに。――サンタさん、彼をそばにください。
 そんなお願いを心の中ですると、やっぱり、サンタさんはいないんだなあと思う。
 友人たちはせっかく私のわがままに付き合ってくれたのに、なにを話してもなんだか切ない。そんな歌があったなあ、と思いながら、友人じゃなくて、君と過ごしたかったよ、と思う。クリスマス、隣に君がいたらなあ。ずっと前からわくわく、楽しみにしていたのに。遠い君は、仕事で地元に帰って来られないと言った。
「約束したじゃん!」
 私は言った。先週の日曜日の真夜中、ベッドに寝転んで電話をしていたのに、驚いて起き上がってしまったほどだ。彼を責めるつもりはなかったのに、思わず口をついて出た言葉は、酷く尖がったものだった。
「仕事だから」
 彼はすまなそうに言った。そこで引いておけばよかったのに、その声があまりにも疲れ果てていたので、「ねえ、休めないの?」と聞いてしまった。聞いてから、しまった、と思った。彼が電話口の向こうでイライラするような気配が伝わってきたからだ。
「仕事だから、そんなに簡単に休めないんだよ」
 彼は繰り返した。"仕事だから"、仕事だから? 仕事だから、そんなに疲れ果てても出なきゃいけないの? そういう意味で言おうと思ったのに、きっと勘違いされた。帰って来てほしいがために、言ったと思われた。慌てて弁解をしようと口を開いたとき、彼の方が早く、まくしたてた。
「美帆は、働くって言うのがどんなことか、わかってない」
 彼は一等低い声で言った。怒ってる、と思って、私はにわかに泣きたくなった。それと同時に、怒られている、と思うと、腹が立った。けれど――だって、だって、約束だったでしょう、そう言いたいのに、その言葉は酷く幼くて、何も言えなかった。
「ごめん。疲れてるから。来週は、ほんとごめん。連絡するから。友達とでも、過ごしなよ」
 彼はそう言って、一方的に電話を切った。本当に疲れているのだろう。年末の仕事納めは、大変なのだ。
 なのに私はその時はすっかり頭に血が上ってしまって、何も言い返せない小さな子供みたいに口を噤んでしまった。これじゃあ、彼氏と彼女じゃあなくて、大人と子供だ。――労ってあげることも、いいよ、と言ってあげることもできないなんて。
「みーほ」
 その時突然、友人の一人が名前を呼んだ。はっとすると、彼女は笑って、隣の友人に目配せをした。
「遠い目、してた。落ち込んだって、しかたないじゃーん」
 私の隣の友人が私を茶化す。「そうだね」と私は力なく頷いた。それから慌てて笑った。斜め向かいの友人が、ちょっと不服そうな表情をしているのに気が付いたからだ。
「ま、あたしらとじゃなくて彼氏といたいって思ってたんでしょ、どうせ」
 彼女は唇を変に笑顔の形にして、言う。
「そんなこと」
 私が不穏な空気に気が付いたとき、すでにその流れは変わらないことが多い。彼氏が帰ってこないからクリスマスの仲間に入れて、と事情を泣き言と共に話してしまったのを慰めてくれたのは向かいに座る友人だったけれど、その友人があとの二人にどのようにそれを伝えたのかは、分らない。
「いいよもう、帰ろう。つまんない」
 斜めの彼女がそう言って、場は凍った。隣の友人が、「まあそんないい方しなくても。――でも、もう遅いし、帰ろうか」と助け舟を出してくれたけれど、誰も口をきけなくなってしまった。
「ごめん」
 と私が別れ際に呟くと、それすら友人たちの反感を買ってしまったように思えて、仕方なかった。

 サンタさん、贅沢は言いません。友人たちが、来年も仲良くしてくれますように。
 もうこの際、君はいらない。と思いながら、お願いをする。大げさに両極端にぶれる自分の気持ちが奇妙で、おかしくて笑えるのに、「あはは」と笑った声は震えていた。ざくざくと音のするシャーベットみたいな氷の道を歩いていくと、足元はおぼつかない。目を瞬くと、ついに涙がこぼれた。
「最悪のクリスマス」
 君は遠くで仕事中。友人は怒らせて帰って来ちゃった。寒いし、危ないし、一人ぼっちだし。と思った瞬間、ブーツのかかとを氷にとられて滑って転んだ。惨めだった。
「もう終わりかも」
 立ち上がっておいおい泣くと、格好悪い。商店街を彩るクリスマスの電飾がぼおっと滲んで、マッチ売りの少女のろうそくの明かりみたい、と思った。あちらこちらに彼との思い出を残す商店街が、夢のようにかすんでいく。この灯が消えたら、何もかも終わりかもしれないと、思った。
 ブティックの前を通り過ぎる時に、リンリンリン、シャンシャンシャン、と鈴の音が聞こえて、愉快なクリスマスソングを聞いたけれど、私は重い気持ちを抱えて、真っ暗な家にのろのろと足を運んだ。

 こんな気持ちはお湯と一緒に流れてしまえ。
 家に着くなりシャワーを浴びた。君と過ごすために買った新しい洋服も無残に脱ぎ捨てて、君がくれたバックもそこらへんに放り投げて。流れてしまえ、涙でぐちゃぐちゃになってしまったメイクも、君への想いも、友人とのいさかいも。忘れてしまえ、君のことなんて、喧嘩なんて。そう思って、シャンプーとリンスを贅沢に使って、わしゃわしゃと大胆に髪の毛を洗うと、いくらか気分が落ち着いた。
「なーんで、こんなに子供っぽいんだろう」
 大学生活も後半、20代にもなって。
 呟いた声がお風呂場に反響する。熱いシャワーを首筋にかけると、心は静まっていった。
「もっと、大人に、成らなくちゃ」
 サンタさん、最後のお願い。素敵な人になりたいです。
 私が呟くと、しゃわしゃわしゃわと、お湯は歌った。


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